2011年08月06日
第11章 谷底へ
あおいちゃん、きょうはうれしいお知らせがあるよ。あのね。明日ね、みんなで温泉に行くことになったんだよ。バスに乗ってね、町の人たちみんなで行くんだよ。いっぱいあったまって、身体も頭もきれいにしてこようね。そう、なつきちゃんも、大きいお風呂、大好きなの。よかったね。楽しみだね。
それじゃあ、昨日のお話しの続きを始めましょう。
昨日は、魔物が住むという秋冬の谷に、王子様が降りていくところまでだったよね。
王子様は、ガラガラ蛇の抜け殻をしっかり握ると、秋冬の谷に向かって、急な角度で落ちていく斜面を、トーントンと蹴りながら、上手に底の方に降りて行きました。
ひかりちゃんは、秋の山のてっぺんから、一生懸命目をこらして、王子様の姿を追いかけていましたが、夕方のお日様は、谷の底の方までは届かなかったので、王子様の姿は、だんだん暗く小さくなって、とうとう見えなくなってしまいました。
ひとりぼっちになってみると、秋の山のてっぺんは、なんともさびしいところでした。てっぺんの木が1本ある以外は、ごろごろとした岩が転がっているだけでした。片側は、王子様とひかりちゃんが登ってきた、あの高い高い崖になっていましたし、もう片側は、秋冬の谷に続く、薄暗くて急な斜面になっていました。崖のほうを見下ろすと、ずっとずっと下の方に、長老の家の屋根が小さく見えました。煙突から、煙が流れていました。今日も、やさしいゆうれいが、何か美味しいスープ料理を作っているのでしょう。
ひかりちゃんは、こんなところまで来てしまったことを、急に後悔し始めました。ひかりちゃんのお母さんは、
「タラターナの国の人を助けられるのは、こどもだけだから、これはこどもの仕事だよ」
なんて言ったけど、穂の姫がどんなことで困っているにせよ、ひかりちゃんみたいな小さな子に、誰かを助けてあげることなんて、できるわけがないのです。
ひかりちゃんが、思わず「お母さん」と、泣きべそをかきそうになったとき、秋の山のてっぺんの木が、バサッバサッと揺れました。
ひかりちゃんは、びくっとして、そーっと、てっぺんの木を振り返りました。てっぺんの木が、また、大きくバサッバサッと揺れました。てっぺんの木に結ばれたガラガラヘビの抜け殻が、クイックイッと動きました。日の王子が、谷底から引っ張っているのです。「大丈夫だから、降りて来い」という合図です。
ひかりちゃんは、秋冬の谷をのぞきこみました。底の方は黒々としていて、何があるのか、まったく見えません。だけど、ここにひとりぼっちでいるよりマシだと思って、ガラガラヘビの抜け殻をじっと見つめました。この抜け殻を伝っていけば、王子様のところに行けるのです。
だけど、どうやって、谷底まで降りていけばいいのでしょう?王子様は、ガラガラヘビの抜け殻を、身体にしっかり巻きつけて、トーントンと斜面を蹴りながら、下まで降りていったけど、ひかりちゃんの目の前には、秋の山のてっぺんの木と、谷底にいる王子様をつないでいる、ピンと張った1本の棒みたいな、ガラガラヘビの抜け殻があるだけです。
それを見てるうちにね、ひかりちゃんは、「あれ?これは、学校の校庭にある、のぼり棒に似てるぞ」って、思ったんだって。のぼり棒っていうのはね、地面に長い棒が立ててあって、それを登ったり下りたりして遊ぶ道具だよ。ひかりちゃんは、とってもおてんばな子だったので、のぼり棒をいちばん上まで登ったり、勢いをつけて下まで降りていったりするのが、クラスの誰よりも上手だったんだって。
のぼり棒だとわかれば、こっちのものです。ひかりちゃんは、ピンと張った1本の棒みたいなガラガラヘビの抜け殻に、ぴょんと飛びつくと、お猿さんみたいに、しゅるしゅるしゅーっと下に滑り降りていきました。あおいちゃんも、やってみたい?じゃあ、今度、小学校の校庭に遊びに行ってみようね。
ひかりちゃんは、滑りながら、周りを見回しました。日の当たらない急な斜面には、なんだかじっとりと濡れたような葉があちこちに生えていて、その葉影には、何か邪悪な生き物が潜んでいるようでした。秋冬の谷の生き物は、赤い目を光らせてひかりちゃんをじっと見ていました。時には、奇妙な鳴き声を上げて、ひかりちゃんを脅かすこともありました。だけど、なにしろ、ひかりちゃんは、すごいスピードで下まで降りていったので、秋冬の谷の生き物が、どんな姿をしているかは、確かめることができませんでした。
下に降りていくにつれて、獣の臭いがどんどん強くなっていきました。
どこからか、グオォ、グオォ、といううなり声のようなものも聞こえました。
やがって、ひかりちゃんのお尻に、ガツンと固いものがぶつかりました。
「痛ってー!」
「痛ったーい!」
日の王子と、ひかりちゃんが、同時に叫びました。なんと、ひかりちゃんは、日の王子の頭の上に降りてきてしまったのです。日の王子の目と、ひかりちゃんのお尻の両方から、青白い星が飛び散りました。そのくらい激しい衝突でした。
「まったく、自分がやってることの結末を、少しは考えてみたらどうなんだ」
王子様が、頭を抱えながら、プリプリ怒っていいました。
「上から降りてくるのはわかってるんだから、少しはよけたらどうなんです」
ひかりちゃんも、お尻をさすりながら、プリプリ怒っていいました。
そのとき、谷底のどこかで、また、何かがチカリと光りました。
「シッ!」
ふたりは、光った方に目をこらしました。
チカリ。黒々とした大きな岩の向こうで、また何かが光りました。グオォ、グオォ。グオォ、グオォ。光が見えた方向から、また、あのうなり声が聞こえました。
ふたりは、顔を見合わせました。
「よ、よし、行ってみよう」
王子様が、震える声で言いました。ひかりちゃんと日の王子は、さっきまでケンカしていたのも忘れて、どちらからともなく手を握り合うと、そーっと足音を忍ばせて、何かが光った方に歩いていきました。
地面には、何かナメクジのようなものがいっぱいに歩き回っていて、ぬるぬる、ぬめぬめしていたので、ゆっくりゆっくりしか歩けませんでした。
一歩二歩三歩・・・ようやく少しずつ、大きな岩が近づいてきました。そして、あと十歩というところで、ふたりは息を合わせて駆け出すと、さっと岩の影に身体を隠しました。そして、しばらく息をころして、耳を澄ませていました。誰かに気づかれた様子は、ありません。
チカリ。何かが、また光りました。そっと岩影から顔を出した日の王子が、突然、
「穂の姫!」
と、叫んで走り出しました。大きなカゴを運んでいた穂の姫が、はっと顔を上げました。金色の髪の長さが肩まであるのをのぞけば、日の王子にそっくりな女の子でした。日の王子と同じく、カエルの格好をして、カエル頭のフードだけ外していました。身体の色は、日の王子とは違って、きれいなレモン色でした。
「お兄様!」
穂の姫が駆け寄ると、ふたりはしっかりと抱き合いました。そうだね、とっても仲良しなんだね。
「お兄様、来てくださったんですね!」
「うむ、この方が案内してくれたのだ」
日の王子は、ひかりちゃんを紹介してくれました。ひかりちゃんは、スカートのはじをちょんとつまんで、礼儀正しくお辞儀をしました。
穂の姫は、
「まあ、テントウ虫姫、あなたが!」
と言うと、今度は、ひかりちゃんのところに駆け寄ってきて、ひかりちゃんをぎゅっと抱きしめると、
「ありがとう」
って、言ってくれました。ひかりちゃんは、いままで大変だったことも忘れて、心の中が、お風呂に入ったみたいに、ぽかぽかに暖かくなりました。
そうだね、あおいちゃんとなつきちゃんも、明日大きいお風呂に行くんだよね。明日、元気にお出かけできるように、今日は早く寝ましょうか。風邪がぶりかえしたら、行けなくなっちゃうもんね。
明日は、いよいよベール泥棒の正体がわかるから、楽しみにしていてね。おやすみなさい、あおいちゃん。おやすみなさい、なつきちゃん。
それじゃあ、昨日のお話しの続きを始めましょう。
昨日は、魔物が住むという秋冬の谷に、王子様が降りていくところまでだったよね。
王子様は、ガラガラ蛇の抜け殻をしっかり握ると、秋冬の谷に向かって、急な角度で落ちていく斜面を、トーントンと蹴りながら、上手に底の方に降りて行きました。
ひかりちゃんは、秋の山のてっぺんから、一生懸命目をこらして、王子様の姿を追いかけていましたが、夕方のお日様は、谷の底の方までは届かなかったので、王子様の姿は、だんだん暗く小さくなって、とうとう見えなくなってしまいました。
ひとりぼっちになってみると、秋の山のてっぺんは、なんともさびしいところでした。てっぺんの木が1本ある以外は、ごろごろとした岩が転がっているだけでした。片側は、王子様とひかりちゃんが登ってきた、あの高い高い崖になっていましたし、もう片側は、秋冬の谷に続く、薄暗くて急な斜面になっていました。崖のほうを見下ろすと、ずっとずっと下の方に、長老の家の屋根が小さく見えました。煙突から、煙が流れていました。今日も、やさしいゆうれいが、何か美味しいスープ料理を作っているのでしょう。
ひかりちゃんは、こんなところまで来てしまったことを、急に後悔し始めました。ひかりちゃんのお母さんは、
「タラターナの国の人を助けられるのは、こどもだけだから、これはこどもの仕事だよ」
なんて言ったけど、穂の姫がどんなことで困っているにせよ、ひかりちゃんみたいな小さな子に、誰かを助けてあげることなんて、できるわけがないのです。
ひかりちゃんが、思わず「お母さん」と、泣きべそをかきそうになったとき、秋の山のてっぺんの木が、バサッバサッと揺れました。
ひかりちゃんは、びくっとして、そーっと、てっぺんの木を振り返りました。てっぺんの木が、また、大きくバサッバサッと揺れました。てっぺんの木に結ばれたガラガラヘビの抜け殻が、クイックイッと動きました。日の王子が、谷底から引っ張っているのです。「大丈夫だから、降りて来い」という合図です。
ひかりちゃんは、秋冬の谷をのぞきこみました。底の方は黒々としていて、何があるのか、まったく見えません。だけど、ここにひとりぼっちでいるよりマシだと思って、ガラガラヘビの抜け殻をじっと見つめました。この抜け殻を伝っていけば、王子様のところに行けるのです。
だけど、どうやって、谷底まで降りていけばいいのでしょう?王子様は、ガラガラヘビの抜け殻を、身体にしっかり巻きつけて、トーントンと斜面を蹴りながら、下まで降りていったけど、ひかりちゃんの目の前には、秋の山のてっぺんの木と、谷底にいる王子様をつないでいる、ピンと張った1本の棒みたいな、ガラガラヘビの抜け殻があるだけです。
それを見てるうちにね、ひかりちゃんは、「あれ?これは、学校の校庭にある、のぼり棒に似てるぞ」って、思ったんだって。のぼり棒っていうのはね、地面に長い棒が立ててあって、それを登ったり下りたりして遊ぶ道具だよ。ひかりちゃんは、とってもおてんばな子だったので、のぼり棒をいちばん上まで登ったり、勢いをつけて下まで降りていったりするのが、クラスの誰よりも上手だったんだって。
のぼり棒だとわかれば、こっちのものです。ひかりちゃんは、ピンと張った1本の棒みたいなガラガラヘビの抜け殻に、ぴょんと飛びつくと、お猿さんみたいに、しゅるしゅるしゅーっと下に滑り降りていきました。あおいちゃんも、やってみたい?じゃあ、今度、小学校の校庭に遊びに行ってみようね。
ひかりちゃんは、滑りながら、周りを見回しました。日の当たらない急な斜面には、なんだかじっとりと濡れたような葉があちこちに生えていて、その葉影には、何か邪悪な生き物が潜んでいるようでした。秋冬の谷の生き物は、赤い目を光らせてひかりちゃんをじっと見ていました。時には、奇妙な鳴き声を上げて、ひかりちゃんを脅かすこともありました。だけど、なにしろ、ひかりちゃんは、すごいスピードで下まで降りていったので、秋冬の谷の生き物が、どんな姿をしているかは、確かめることができませんでした。
下に降りていくにつれて、獣の臭いがどんどん強くなっていきました。
どこからか、グオォ、グオォ、といううなり声のようなものも聞こえました。
やがって、ひかりちゃんのお尻に、ガツンと固いものがぶつかりました。
「痛ってー!」
「痛ったーい!」
日の王子と、ひかりちゃんが、同時に叫びました。なんと、ひかりちゃんは、日の王子の頭の上に降りてきてしまったのです。日の王子の目と、ひかりちゃんのお尻の両方から、青白い星が飛び散りました。そのくらい激しい衝突でした。
「まったく、自分がやってることの結末を、少しは考えてみたらどうなんだ」
王子様が、頭を抱えながら、プリプリ怒っていいました。
「上から降りてくるのはわかってるんだから、少しはよけたらどうなんです」
ひかりちゃんも、お尻をさすりながら、プリプリ怒っていいました。
そのとき、谷底のどこかで、また、何かがチカリと光りました。
「シッ!」
ふたりは、光った方に目をこらしました。
チカリ。黒々とした大きな岩の向こうで、また何かが光りました。グオォ、グオォ。グオォ、グオォ。光が見えた方向から、また、あのうなり声が聞こえました。
ふたりは、顔を見合わせました。
「よ、よし、行ってみよう」
王子様が、震える声で言いました。ひかりちゃんと日の王子は、さっきまでケンカしていたのも忘れて、どちらからともなく手を握り合うと、そーっと足音を忍ばせて、何かが光った方に歩いていきました。
地面には、何かナメクジのようなものがいっぱいに歩き回っていて、ぬるぬる、ぬめぬめしていたので、ゆっくりゆっくりしか歩けませんでした。
一歩二歩三歩・・・ようやく少しずつ、大きな岩が近づいてきました。そして、あと十歩というところで、ふたりは息を合わせて駆け出すと、さっと岩の影に身体を隠しました。そして、しばらく息をころして、耳を澄ませていました。誰かに気づかれた様子は、ありません。
チカリ。何かが、また光りました。そっと岩影から顔を出した日の王子が、突然、
「穂の姫!」
と、叫んで走り出しました。大きなカゴを運んでいた穂の姫が、はっと顔を上げました。金色の髪の長さが肩まであるのをのぞけば、日の王子にそっくりな女の子でした。日の王子と同じく、カエルの格好をして、カエル頭のフードだけ外していました。身体の色は、日の王子とは違って、きれいなレモン色でした。
「お兄様!」
穂の姫が駆け寄ると、ふたりはしっかりと抱き合いました。そうだね、とっても仲良しなんだね。
「お兄様、来てくださったんですね!」
「うむ、この方が案内してくれたのだ」
日の王子は、ひかりちゃんを紹介してくれました。ひかりちゃんは、スカートのはじをちょんとつまんで、礼儀正しくお辞儀をしました。
穂の姫は、
「まあ、テントウ虫姫、あなたが!」
と言うと、今度は、ひかりちゃんのところに駆け寄ってきて、ひかりちゃんをぎゅっと抱きしめると、
「ありがとう」
って、言ってくれました。ひかりちゃんは、いままで大変だったことも忘れて、心の中が、お風呂に入ったみたいに、ぽかぽかに暖かくなりました。
そうだね、あおいちゃんとなつきちゃんも、明日大きいお風呂に行くんだよね。明日、元気にお出かけできるように、今日は早く寝ましょうか。風邪がぶりかえしたら、行けなくなっちゃうもんね。
明日は、いよいよベール泥棒の正体がわかるから、楽しみにしていてね。おやすみなさい、あおいちゃん。おやすみなさい、なつきちゃん。
Posted by tammy at 17:19│Comments(0)
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