第16章 またいつか

tammy

2011年08月06日 17:36

 あおいちゃん、今日は、つくしやタンポポがいっぱい摘めてよかったね。あそこの土手に、あんなにたくさん生えてるなんて、おばちゃん全然知らなかったよ。

 おばちゃんが小さいときにはね、おばちゃんの家の近くの田んぼにも、つくしやタンポポがいっぱい生えてたんだけど、もう田んぼはなくなって、そこには全部お家が建っちゃったんだよ。あおいちゃんのお家のそばには、まだ自然がいっぱいで、うらやましいなあ。

 おばちゃんね、つくしやタンポポだけじゃなくて、せりも摘んできたんだよ。ほら、葉っぱみたいなのを摘んでいたでしょう。あれは、せりっていうんだよ。よく洗って、さっと熱いお湯をかけて、塩もみして、ごはんに混ぜて、おにぎりにして食べると、とっても香りがよくて美味しいんだよ。あおいちゃんには、ちょっと苦いかなあ。食べてみたい?じゃあ、明日、作ってあげようね。
今日のお話しは、ひかりちゃんが、お家に帰るところからだったね。それでは、お話しの続きのはじまり、はじまり。


 ひかりちゃんが、ミチアンナイに案内されて山を下りようとしたとき、
「テントウ虫姫、いや、エジマヒカリ姫!」
と、日の王子が声をかけました。ひかりちゃんは、嬉しくなって、さっと振り向きました。

 日の王子は、ひかりちゃんが振り向くと、自分から声をかけたくせに、赤い顔をして、上を向いたり、下を向いたりしながら、
「え~っと、あの~、その~」
って、言いました。そして、
「あ、そうだ、今度タラターナに来たときは、僕に、帆船結びを教えてくれないか」
と、言いました。

「えっ、今度っていうことは、またタラターナに来ることができるんですか?」
 ひかりちゃんの顔が、ぱあっと輝きました。もう二度と、ここに来ることはできないだろう、と思っていたからです。

「もちろんです。私たちが、本当に必要とするときには、いつでも」
と、穂の姫が言いました。

「わかりました。では、そのときには、必ず、帆船結びを王子様にお教えします」
 ひかりちゃんは、そういうと、指切りげんまんの印に、そっと小指を差し出しました。王子様が、その小指の先を、両手でぎゅっと握りました。そして、
「では、またいつか」
と、言いました。

「また、きっと会いましょう」
と、穂の姫も言いました。

 ひかりちゃんも、
「はい、またきっと」
と言って、日の王子と、穂の姫と、それから鬼のお母さんに手を振りました。

 鬼のお母さんは、もう一度、おでこがひざにくっつきそうになるくらいお辞儀をすると、最後の2ヒロゲのベールを持って、ドシンドシンと鬼の国に帰っていきました。これで、今夜からは、鬼の赤ちゃん全員が、暖かいベールをかけて、ぐっすり眠れることでしょう。よかったねえ。

 さて、ミチアンナイは、ひかりちゃんが秋の山の木をうっかり倒してしまわないように、山の外側をぐるりと大きく遠回りする道を、案内してくれました。それでも、ひかりちゃんの足ですから、ほんの数歩で、山を下りることができました。

 山のふもとの長老の家の煙突から、今日も煙が立ちのぼっていました。そっと、窓から中をのぞきこんでみると、テーブルの上にワイングラスが2つ並んでいて、ちょうど、見えない手で、何杯目かの赤ワインが注がれようとしているところでした。

 ひかりちゃんが、
「もうすぐ日の王子と穂の姫が、山を下りてきますよ」
と、小さな声で教えてあげると、やさしいゆうれいが、
「やあ、お帰りなさい。おとといの夜から、あの恐ろしい声が聞こえなくなっていたでしょう。だから、きっと何かいいことが起こったのに違いないと思って、ひとあし先に、長老と祝杯をあげているところでしたよ」
と、見えない手で、グラスをちょっとあげてくれました。

 そして、ひかりちゃんからベール泥棒の正体を聞くと、お城で心配している王様とお妃様のために、コウモリ便を飛ばしてくれました。それには、こんなふうに書いてあったんですって。
「エジマヒカリ姫の働きのおかげで、王子様と姫様と秋の村が、救われました」

 長老は、相変わらず、毛布に埋もれて座っていました。そして、ぶるぶる震える手をほんの少しだけ上げて、ひかりちゃんに手を振ってくれました。とても嬉しそうな顔をしていたそうですよ。

 秋の村に入ると、ひかりちゃんは、村の人を驚かさないように、そっとつま先立ちで歩きました。それでも、空が急に暗くなったので、村の人たちが驚いて、家から飛び出してきました。そして、口々に、「なんだ、なんだ」と騒ぎながら、ひかりちゃんを指さしました。

 あの小さな小さな郵便局長さんも、小さな小さな郵便局から転がり出てくると、空を見上げました。そして、ひかりちゃんの顔を見て、
「わ、わ、テントウ虫姫が!大変じゃ!大変じゃ!」
と、慌てふためきました。

 ミチアンナイが、
「静かに!」
と、穂の姫の真似をして言いました。

郵便局長さんは、あんまりびっくりしたものだから、すってんころりと転んでしまいました。ひかりちゃんは、ひとさし指を差し出すと、そっと助け起こしてあげました。そして、郵便局長さんを驚かさないように、小さな声で、
「ベール泥棒は、いなくなりましたよ」
と、教えてあげました。

 郵便局長さんは、
「それはそれは」
と喜んで、パンパンとお尻をはたくと、ひかりちゃんに大きく手を振ってくれました。

 湖をひとまたぎで越えると、秋の門がありました。紳士のコオロギが2人、番をしていました。ひかりちゃんがのぞきこむと、驚いて「ヒロロロロ」「ヒロロロロ」と鳴きながら、あたりをめちゃくちゃに飛び回りました。

 ミチアンナイが、また穂の姫の真似をして、
「落ち着きなさい!」
と言うので、ひかりちゃんはおかしくなって、くすくす笑いました。

 お城では、コウモリ便を受け取った王様とお妃様が、いちばん上の階の部屋で待っていてくれました。そして、ひかりちゃんが通りがかると、窓から精いっぱいに身体を乗り出して、
「ありがとう、ありがとう」
と、手を振ってくれました。

 ひかりちゃんは、右足を前に、左足を後ろに、右手を右足のひざに、左足を腰の後ろに当てて、タラターナ国の正式なお辞儀をしました。王様とお妃様は、顔を見合わせて、嬉しそうににっこり笑いました。

 お城の外側を、大きくぐるりと回ると、今度は、春の門がありました。春の門のところには、そうだね、紳士のバッタが2人、番をしていました。そして、ひかりちゃんに気がつくと、
「人間だ!人間だ!」
と、長い剣を突き立てて、戦おうとしました。

「まったく、どいつもこいつも大騒ぎしよって。落ち着きなさいったら、落ち着きなさい!」
と、ミチアンナイが叱りました。

 そうだよね。一番大騒ぎしたのは、ミチアンナイなのにね。ひかりちゃんもそう思って、おかしくなって、またくすくす笑いました。

 春の門の先には、長い長いお花の道が続いていました。ひかりちゃんのまわりに、いつの間にか、白い霧が立ち込めていました。ひかりちゃんの足が、だんだん遅くなって、とうとう立ち止まってしまいました。

「ああ、これでタラターナ国ともお別れなんだ」
と思ったら、名残惜しくなったからです。

 ひかりちゃんは、最後にひとめタラターナ国を見るために、振り返ろうとしました。
 そのときです。

「振り返ってはだめです!」
ミチアンナイが、大声で叫ぶと、急いで引き返してきて、ひかりちゃんの肩にとまりました。

「振り返ったら、タラターナ国での出来事を、すべて忘れてしまいます。そうしたら、もう二度と、タラターナ国に来ることはできないのですよ」
と、ミチアンナイが教えてくれました。

 ひかりちゃんは、見てはいけないと思うと、よけいに振り返りたくてたまらなくなりました。だけど、タラターナ国での出来事を忘れたくなかったし、もう一度、日の王子や穂の姫に会いたかったので、ぐっと我慢をして、振り返らずに、ゆっくりと歩き始めました。

 ひかりちゃんのまわりに立ち込めていた霧が、お米を研いだときの水くらいの薄い色から、カルピスくらいの色に、カルピスくらいの色から牛乳に、そして、ついには濃いシチューのような真っ白なもやに変わっていきました。

 もう、どこが前でどこが後ろなのか、どこが上でどこが下なのかもわかりません。

 そのとき、ひかりちゃんの肩で、
「姫、いまこそ呪文を!」
という声が聞こえました。

 ミチアンナイが、さっと飛び立つ羽音が聞こえました。

 ひかりちゃんが、大きな声で呪文をとなえました。

『カエルピョコピョコ、ミピョコピョコ。
 あわせてピョコピョコ、ムピョコピョコ』

 ひかりちゃんを包み込んでいた白い霧が、みるみるうちに、さーっと晴れていきました。ひかりちゃんの目の前に、あの、春だというのに紫色に色づいたヨウシュヤマブドウの木がありました。

「お母さーん、お姉ちゃんがお使いから帰ってきたよー」
という、みどりちゃんの声が聞こえました。



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