あおいちゃん、今日は、大きいお兄さんやお姉さんたちが来てくれて、いっぱい遊んでくれたね。楽しかった?そう、それはよかったね。
お菓子もいっぱいもらってたね。何をもらったの?ポッキーと、えびせんと、じゃがりこと、ハッピーターン?それは、すごいね。大事に食べようね。
え?なつきちゃんも、同じだけもらったの?なつきちゃんは、見ると我慢できなくなって全部食べちゃうから、あとでおばちゃんがこっそり隠しとくね。なつきちゃんが食べ過ぎてお腹壊しちゃったら、大変だもんね。
歯磨きは終わりましたか?じゃあ、おばちゃんが仕上げ磨きをしましょうね。
はい、ふたりとも、ぴかぴかのきれいな歯になりました。それでは、今日もおやすみの前のお話しの、はじまりはじまり。
普段から日の射さない秋冬の谷は、日が暮れると、真っ暗になって、ますます温度が下がっていきました。ひかりちゃんたちは、手分けをして薪を集めると、火をおこしました。
今夜のメニューは、いろんな野菜やお肉、それにご飯を全部まぜまぜにしたチャーハンでした。ごはんの材料も、昼のうちに、穂の姫が集めてきたのです。
晩ごはんを作ってくれたのは、鬼のお母さんです。といっても、なにせぶきっちょな鬼のお母さんが、小さな小さなタラターナ人のごはんを作るのですから、なかなかうまくはいきません。
鬼のお母さんが作ったチャーハンは、焦げているところと、あんまり火が通ってないところがありました。ジャバラのようにつながっているキャベツや、丸ごとの半分の大きさの玉ねぎが入っていました。すごくしょっぱいところと、全然味がないところがありました。それでも、みんなで焚火を囲んで食べるチャーハンは、とても美味しいものでした。鬼のお母さんは、日の王子と穂の姫とひかりちゃんが食べているところを、嬉しそうに眺めていました。
え?鬼のお母さんは、食べないのかって?あのねえ、鬼のお母さんはね、みんなが寝ているうちに、そっと出かけていっては、秋冬の谷の獣たちを食べているんだけど、小さい人たちが怖がらないように、その姿は決してタラターナ人には見せなかったんだって。
夕食が終わると、4人は、シリトリをして遊びました。
「シリトリ」
「リス」
「スイカ」
「カバン」
鬼のお母さんが、あっという間に「ん」のつく言葉を言ってしまいました。
「それじゃあ、カからもう一回ね。カリントウ」
「ウチ」
「チリトリ」
「リボン」
「あ~あ」
また、鬼のお母さんが、「ん」のつく言葉を言ってしまいました。
「鬼のお母さん、今度は気をつけてね。じゃあ、リからもう一回ね。リカシツ」
「ツメ」
「メダカ」
「カダン」
「あ~っ!」
何回やっても、鬼のお母さんが、失敗してしまうので、4人は、お腹が痛くなるくらい、大笑いしました。真っ暗で恐ろしいはずの秋冬の谷に、楽しげな笑い声がこだましました。ひねくれモグラなどの秋冬の谷の生き物たちが、ナニゴトかと、光る目をキョトキョトさせて、巣穴から様子をうかがっていましたが、もちろん4人は、そのことを知りませんでした。
ひとしきりシリトリ遊びが終わると、穂の姫が、編み物講座を開いてくれました。タラターナ国のベールの編み方は、とっても特殊です。それはそうだよね。人間の国の空に浮かべるベールを作るんだものね。
タラターナ国の編み物は、長い編み棒を2本と、短い編み棒2本の、合計4本を使って作ります。その4本をどういうふうに使うかというと、まず、長い方の編み棒を、右足と左足の親指と人さし指の間に、それぞれはさみます。次に、短い方の編み棒を、右手と左手の親指と人さし指の間に、それぞれはさみます。そして、両手両足を交差させるようにして、編んでいくのです。すると、不思議なことに、きめこまやかな、蝶の羽の模様のような編み目が出来ていくのです。
上手に編むコツは、
「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」
と、リズムをとりながら、歌うように編み上げていくことです。難しく考えると、わけがわからなくなって、こんがらがってしまうからです。
あおいちゃんも一緒にやってみる?せーの、
「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」
もっと、楽しそうに、
「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」
もっと踊るように、
「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」
そうそう、だんだん上手になってきたねえ。ひかりちゃんもコツがつかめてくると、面白いように編めるようになっていったんだって。
ところが、鬼のお母さんと来たら、リズムに乗るってことができなくて、
「え~っと、右手の次は左足、左足の次は左手で、左手の次は右手・・・じゃなくて右足で」
とやっているうちに、いつの間にか糸が自分にぐるぐる巻きになってしまって、とうとうひっくり返る始末でした。
これでは、鬼のお母さんの分まで、ひかりちゃんががんばるしかなさそうです。ところが、どんなに上手になっても、ひかりちゃんの小さな手足では、1時間一生懸命編んだところで、1センチ四方くらいの大きさにするのが精いっぱいです。
1センチ四方っていうのはねえ、切手の半分か、それよりもっと小さいくらいかなあ。
ひかりちゃんはね、
「ああ、私が鬼のお母さんくらいに大きかったらなあ」
って思いました。そうすれば、1日で一ヒロゲくらいは編むことができるような気がしました。もしかしたら、がんばれば、二ヒロゲくらい編めるかもしれません。そしたら、あと2日か3日で、みんなお家に帰ることができるでしょう。
「ああ、本当に、私が鬼のお母さんくらいに大きかったらなあ」
もう一度、そう思ったとき、ひかりちゃんは、はっとお母さんの言葉を思い出しました。
あおいちゃん、ずっと前に、タラターナ人は、とってもとっても小さくて、大人でも、あおいちゃんやなつきちゃんのお母さん指くらいの大きさしかないんだよっていうお話しをしたの、覚えてるかな?ひかりちゃんはね、それを、思い出したんだって。
でも、日の王子や穂の姫と、ひかりちゃんは、同じくらいの大きさだったよね。ということは、ひかりちゃんは、いつの間にかタラターナ人と同じくらい小さくなっていたということです。
「だとしたら、もし私が、人間の子に戻れれば、鬼のお母さんと同じか、せめてその半分くらいの大きさになれるんじゃないかな?」
と、ひかりちゃんは思いました。そのくらいに大きくなれれば、うんと早く4ヒロゲのベールを編んであげられるのに。
だけど、ひかりちゃんは、自分がどうすれば、人間の子の大きさに戻れるのか、わかりませんでした。
それにね、ひかりちゃんは、お母さんのこんな言葉も思い出したのです。
「タラターナの国ではね、人間はとっても怖がられているの。だから、人間だってわかると、誰もお話してくれないし、みんな逃げてしまうんだよ。だから、タラターナの国に行くときは、虫になりきらなきゃいけないんだよ」
そうです。ひかりちゃんは、いつの間にかテントウ虫姫になりきっていたから、タラターナ人と同じ大きさになっていたに違いありません。
でも、人間の子に戻るということは、せっかく仲良くなった日の王子や、穂の姫に怖がられてしまうということです。日の王子や穂の姫と話ができなくなったり、日の王子や、穂の姫がひかりちゃんを見て逃げ出してしまうことを想像すると、ひかりちゃんは、とても悲しい気持ちになりました。
でも・・・だけど・・・。
鬼のお母さんは、自分で編んだ糸でぐるぐる巻きになって、ひっくり返ったまま、「ウォーン、ウォーン、早く帰ってあげないと、赤ちゃんたちが心配だよ~」って泣いてるし、穂の姫は一日中働いて疲れ切っているのでしょう、日の王子にもたれるようにして、いつの間にか眠ってしまっていました。そして、泥で汚れた頬には、涙のあとがありました。
そうだね、あおいちゃんやなつきちゃんと一緒で、寝るときになったら、ママを思い出して寂しくなっちゃったのかもしれないね。
日の王子は、難しい顔をして、ひかりちゃんが編んでいる1センチ四方のベールを眺めていました。
ひかりちゃんは、思いました。
「王子様も、どうぞ寝てください。そうしたら、日の王子と穂の姫が寝ている間に、人間の子に戻って、大きなベールを編んでみせます」
だけどね、王子様は、とても責任感が強かったので、疲れているにもかかわらず、自分も編み棒を手に取ると、見よう見まねでベールを編み始めました。
王子様もなかなか上手に編んでいましたけれど、それでもやっぱり小さい小さいベールを編むのが精いっぱいでした。それはそうですよね。本当は、秋の村の人たちが総出で編むベールを、たった3人(と、鬼1人)だけで編もうというのですから、これはどうしたって、無理があるのです。
ひかりちゃんは、日の王子を、じっと見つめると、決心を固めました。たとえ、口をきいてくれなくなっても、逃げ出されてしまっても、やっぱりひかりちゃんが人間の子どもに戻ることが、いちばんみんなの役に立てると思ったからです。
ひかりちゃんは、右のポケットを探ると、あの呪文の紙を取り出しました。
あおいちゃん、なんて書いてあったか覚えてる?一緒に言ってみようか。
『カエルピョコピョコ、ミピョコピョコ。
あわせてピョコピョコ、ムピョコピョコ』
最初は、穂の姫を起こさないように、小さな声で言いました。でも、何の変化も起こらなかったので、今度は思いきって、大きな声で言いました。
『カエルピョコピョコ、ミピョコピョコ。
あわせてピョコピョコ、ムピョコピョコ』
王子様と、鬼のお母さんが、ナニゴトかという顔で、ひかりちゃんを見ました。だけどね、せっかく勇気をふりしぼって、大きな声で呪文を唱えたのに、ひかりちゃんは、小さいままでした。
次に、ひかりちゃんは、どうしたと思う?
あのね、まずは、テントウ虫のレインコートを脱ぎました。そして、すーーーーっと深く息を吸い込むと、ぎゅっと目をつぶって、
「私の名前は、エジマヒカリです。若葉第一小学校 2年2組です。もうすぐ、3年生になります。に・・・人間の子どもです!人間の子どもです!」
って、大きな大きな声で、空に向かって叫んだんだって。
王子様が、びっくりして立ち上がりました。穂の姫も、ひかりちゃんの声に驚いて、目を覚ましました。鬼のお母さんは、ひっくり返ったまま、目をぱちくりさせました。秋冬の谷の生き物たちが、おびえて「キーッ」「キーッ」と暗闇の中で騒ぎ立てました。空の海で、大イルカが高くジャンプしました。
そのときです。ひかりちゃんの身体が、ムクッムクッムクッと大きくなり始めました。焚火の高さを超えて、ひっくり返っている鬼のお母さんのお腹の高さを超えて、真っ黒にそびえ立つ秋冬の谷の杉の木を超えて。
そして、秋の山のてっぺんに、背伸びすれば手が届きそうな大きさになったとき、ようやく大きくなるのがとまりました。
ひかりちゃんは、まず最初に、鬼のお母さんに巻きついていた糸を、歯で切ってあげました。鬼のお母さんが、よっこらしょと立ち上がってみると、ひかりちゃんは、鬼のお母さんの腰くらいの背丈だということがわかりました。
ひかりちゃんは、日の王子と、穂の姫の方を見ないようにして、鬼のお母さんに
「編み棒を、貸してください」
と、お願いしました。
鬼のお母さんは、悲しいような、申し訳ないような、なんとも言えない顔をして、おでこがひざにくっつきそうなくらいに、ひかりちゃんに向かって、何度も何度もおじぎをしました。そして、編み棒を4本、ひかりちゃんにそっと渡してくれました。
ひかりちゃんは、
「ありがとう」
と言って受け取ると、猛烈な勢いで、ベールを編み始めました。
「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」
「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」
「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」
「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」
最初は騒いでいた秋冬の谷の生き物たちも、これ以上何も起こらないことがわかると、静かに巣穴に戻っていきました。
ひかりちゃんが人間の子だということを知ってしまった日の王子と穂の姫は、なにやら小声で話し合っていました。何を話しているのかなあ。
どうやって人間の子どもから逃げ出そうかと、相談しているのでしょうか。それとも、どうやって人間の子どもをやっつけようかと、相談しているのでしょうか。どちらにしても、ベールを編むのに一生懸命なひかりちゃんの耳には、届きませんでした。
日の王子と穂の姫は、ひとしきり話し終えると、そのうちに眠ってしまったようでした。
鬼のお母さんは、ひかりちゃんが寒くないように、夜の谷を歩き回っては、薪を集めてきて、火をたやさないようにしてくれました。
それから、何時間くらい経ったのでしょうか。夜空を泳ぐ夜行性の魚たちが眠りにつくころ、ひかりちゃんは、とうとう一ヒロゲのベールを編み上げました。そして、地面に倒れ込むようにして眠ってしまいました。
あら、どうしたの?あおいちゃん。どうして、泣いてるの?そう、ひかりちゃんがかわいそうで、泣いてるの。やさしい子だねえ。ひかりちゃんが、人間の子になっちゃったから、日の王子や穂の姫に、嫌われちゃうと思ったんだよね。
でも、おばちゃんは、きっと大丈夫だと思うなあ。きっと、日の王子と穂の姫も、ひかりちゃんに、「ありがとう」って言ってくれるんじゃないかな?
じゃあ、ひかりちゃんが、日の王子や穂の姫と仲良しでいられますようにって、お願いして寝ようか。
「カミサマ、ひかりちゃんが、日の王子や穂の姫と仲良しでいられますように、よろしくお願いいたします」
それじゃあ、今日のお話しは、ここまでね。おやすみなさい、あおいちゃん。おやすみなさい、なつきちゃん。