あおいちゃん、今日は温泉楽しかった?そう、よかったねえ。おばちゃんも、とっても気持ちよかったよ。
なつきちゃんには、ちょっと熱いかなと思ったけど、ちゃんと入れてよかったね。なつきちゃんが、いっぱい遊んでお風呂から上がってきたら、先に上がってたおばあちゃんたちが、「ほっかほかのおまんじゅうの出来上がり」って言いながら、みんなしてなつきちゃんの身体をふいたり、お洋服を着せたりしてくれたんだよね。面白かったね。また、行けるといいね。さあ、それでは、今日は、いよいよ、ベール泥棒の正体がわかりますよ。
はじまりはじまり。
秋冬の谷底で、王子様やひかりちゃんと出会った穂の姫は、大きな岩に腰を下ろすと、それまでの話をしてくれました。
あおいちゃん、穂の姫が、「私が怪物と会って、話をしてみます」って言って、長老の家を飛び出しちゃったことは、覚えてるかな?
そのあと、穂の姫は、広場に行くと、夜になるまで物陰に隠れて、怪物が来るのを待ちました。月のない、暗い暗い夜が来ました。どのくらい待ったでしょうか。穂の姫が、待ちくたびれて、うとうとしかかったときに、山の方からドシンドシンという足音が聞こえてきました。穂の姫は、怖くてぶるぶる震えました。でも、ベールを守るためだと思って、逃げ出したい気持ちをぐっと我慢して、じーっと隠れていました。勇敢なお姫様だね。
ドシンドシンという足音がだんだん近づいてきました。なんだか、いままでに嗅いだことのないような、獣くさいにおいが、あたり一面に広がりました。怪物が、もうすぐそこまで来ているのです。
穂の姫さまは、あまりにもぶるぶる震えていたものだから、身体が震える音が怪物に聞こえてしまうのではないかと思って、身体を両手でぎゅっと押さえて我慢していました。
広場で、黒い大きな影が動き回っているのが見えました。カサカサ、カサカサという音が聞こえました。怪物が、村の人たちがせっかく作ったベールを盗もうとしているのです。
穂の姫さまは、「いまだ!」と思って走り出ると、全速力で走って、バン!バン!バン!と広場中の電気をつけて回りました。
大きなスポットライトが、いっせいに広場を照らしました。そこにいたのは・・・なんと、恐ろしい怪物ではなくて、ハート柄の毛糸のパンツをはいた、気の弱そうな鬼のお母さんでした。鬼のお母さんは、びっくりして逃げ出そうとしました。そのとき、
「待ちなさい!ベール泥棒!」
という、小さな穂の姫の凛とした声が、どこからか聞こえてきました。
鬼のお母さんは、びくっとすると、へっぴり腰になって、きょろきょろと声の主を探しました。穂の姫は、ベールが干してあった物干し台にするすると登ると、その上に仁王立ちになって、
「我こそは、タラターナ国 穂の姫なり。ただいま、王の兵 3千人を引き連れて、ベール泥棒を成敗するためにやってきた!」
と、言いました。
お母さん鬼は、「ひっ」と言って、どこに3千人の兵が隠れているのだろうと、大きな目玉をぎょろぎょろ回して、あたりを探しました。そうだね、本当は、そんなものいないのにね。でもね、穂の姫は、いかにもたくさんの兵を率いる指揮官のように、堂々と、
「いくぞ!銃を構えよ!」
と、号令をかけました。
「攻撃5秒前、4秒前、3秒前・・・」
穂の姫が秒読みを始めたらね、お母さん鬼は、腰を抜かしたようにぺたんと座り込んで、
「ウォーン、ウォーン、ごめんなさい、ごめんなさい」
って、泣きだしちゃったんだって。なんだか、かわいそうだよね。
穂の姫もね、なんだかかわいそうになって、
「打ち方、やめい!」
と、本当はいない兵隊に命令すると、物干し台から、お母さん鬼の肩にぴょんと飛び乗りました。そして、
「あなたは、悪い鬼ではなさそうだ。どうして、こんなことをしたのか、話してごらんなさい」
と言いました。
お母さん鬼は、どうして泥棒なんてしたんだろうねえ。あのね、それには、こんなわけがありました。
お母さん鬼は、鬼の国に住んでいます。
鬼の国は、秋の山のいちばんてっぺんと、冬の山のいちばんてっぺんの間にある、「秋冬の谷」の向こうにあります。鬼の国は、とても寒くてね、タラターナの国の人が行ったら凍りついちゃうくらい寒いんだけど、鬼は暑がりだから、みんなとっても薄着で暮らしています。
そうだね、だから、鬼さんは、人間の国に来るときは、みんな裸なんだね。
それでね、少し前に、お母さん鬼に、10人の赤ちゃんが生まれました。お母さん鬼から見ると、それはそれはかわいらしい子鬼たちだったんだって。だけどね、不思議なことに、この子鬼たち、鬼のくせにとっても寒がりで、毎晩毎晩、
「ママー、寒いよー、寒くて眠れないよー」
って、泣くんだって。でも、鬼たちはみんな暑がりだから、暖かい布団なんか持っていません。お母さん鬼が、どうしよう、どうしようって困っていたら、鬼の国の誰かが、「タラターナ国の秋の村で作っているベールは、軽くてとても暖かいらしい」って教えてくれたんだって。
それで、お母さん鬼は、本当はとっても気が弱い、やさしい鬼なんだけど、赤ちゃんのために勇気を出して、月のない夜になると、ベールを盗みに来てたんだって。
穂の姫様は、お母さん鬼がかわいそうになったので、
「お前の赤ちゃんを思う気持ちに免じて、今回だけは許してやろう。もう二度とこんなことをするんじゃないぞ」
って言ったんだって。
そしたらね、お母さん鬼は、いままでよりもっと大きな声で「ウォーン、ウォーン」って、大粒の涙を流して、泣き出したんだって。
どうしてだと思う?
あのね、赤ちゃんは、10人いるでしょう。でも、お母さん鬼が盗み出したベールは、いまのところ、6ヒロゲだけだったんだって。
ヒロゲっていうのは、タラターナ国の単位でね、一ヒロゲは、人間の国の単位でいうと、90センチ×100センチ。ちょうど鬼の赤ちゃんの毛布にぴったりな大きさなんだって。
赤ちゃんが10人いて、盗み出したベールが6ヒロゲということは・・・
「10ひく6だから、あと4ヒロゲ足りない!」
と、ひかりちゃんが元気よく言いました。もうすぐ、3年生なんですから、このくらいの引き算はなんでもありません。
ところが、日の王子と穂の姫が、大変感心したように、「ほほぉ」「さすが、算数大臣の家系だけある」と口々にほめてくれたので、ひかりちゃんは、とってもいい気分になりました。
それでね、穂の姫は、ここで何をしていたかっていうと、足りない4ヒロゲを、お母さん鬼と一緒に作っていたんだって。鬼は、昼間は寝ているので、その間に、穂の姫が材料を集めて糸を作ってね、夜になると、お母さん鬼が編むんだって。
そうだね。グオォ、グオォ、といううなり声は、お母さん鬼のいびきだったんだね。そう言われてあたりを見回してみると、すぐ近くで、小山が、グオォ、グオォといううなり声に合わせて、高くなったり低くなったりしているのに気づきました。小山は、鬼のお母さんのお腹でした。あたりは薄暗かったし、鬼のお母さんが、あまりにも大きかったので、最初は気づかなかったのでした。
え?あおいちゃん、ベールの作り方を知りたいの?そうだなあ、これは、本当はタラターナ国の秘密だから、誰にも教えちゃいけないんだけど、あおいちゃん、ナイショにできる?じゃあ、ここだけの話にしてね。
《ベールの作り方(タラターナ国外への持ち出し厳禁)》
○材料(一ヒロゲ分)
①赤とんぼの羽 3かご
ただし、無理にむしりとったものは不可。成長するときに生え変わって自然に落ちたものだけを、使うものとする。
②朝露で濡れた蜘蛛の巣 7まき
③山芋 3本
ただし、タラターナ国産のものに限る。人間の国のものは、ベールづくりには向いていない。
④人間の国の綿菓子のフワフワ ボウルに5杯
冷めてベタベタに固まったものを使うと、ベールが編みにくくなるので要注意。出来立てのものを、拝借してくるべし。
⑤秋の山の水源の水 バケツ10杯
⑥オリーブオイル 少々
○作り方
①下ごしらえ
・山芋は、すりおろして、裏ごししておくこと
・蜘蛛の糸は、くっつかないように、オリーブオイルとあえておくこと
②秋の山の水源の水を、大なべでぐらぐら煮立てる。煮立ったら、火を弱める。
③赤とんぼの羽を、固まらないように、少しずつお湯の中に入れて、完全に透明になるまで、弱火でコトコト煮こむ。焦げつかないように、そばについていて、ときどきかきまぜること。
④下ごしらえした山芋と蜘蛛の糸を少しずつ加えて、さらにコトコト煮こむ。だんだん泡立ってきて、泡が大なべからあふれそうになったら、さっと火をとめて、綿菓子のフワフワを入れて、よくかきまぜる。
⑤泡がきれいなピンク色になったら、火からおろして、大なべの中身をボウルに移して、冷たい水か氷でよく冷やす。
⑥よく冷えたら、糸つくり器にゆっくりと流し込む。糸つくり器から、薄ピンク色にキラキラ光る細い糸が出てきたら、ベール糸の出来上がり。
・・・ねえ、糸を作るだけでも、とっても大変でしょ。これを穂の姫がひとりでやってたんだって。本当は、お城に戻って、みんなに手助けを頼みたかったんだけど、「お城に戻ったら、王様の兵が自分を捕まえに来るから、絶対嫌だ」って、お母さん鬼がオンオン泣くものだから、そこから離れることができなかったんだって。
だけど、穂の姫は、とっても小さいから、なかなか材料も集められないし、糸もたくさんは作れないし、お母さん鬼は、とってもぶきっちょで、ふたりで一生懸命作っても、ベールがちっとも大きくならないので、お母さん鬼は悲しくなって、ベールを編みながら、「ウォーン、ウォーン、早く帰ってあげないと、赤ちゃんたちが心配だよ~」って、夜になるたびに、泣いてたんだって。
ぶきっちょっていうのはねえ、え~っと、手を使って細かいことをするのが、あんまり上手じゃないってこと。そうそう、折り紙で鶴を折ったり、ビーズを糸に通したりね、そういうのが苦手なんだって。
穂の姫がいなくなってから、毎晩聞こえてくるようになった恐ろしい声は、お母さん鬼の泣き声だったんだね。
それでね、穂の姫も、「早くお城に帰りたいよ~、誰か助けに来てよ~」って、ひとりでこっそり泣いていたんだって。その声が、ひかりちゃんに聞こえたんだね。
穂の姫の話を聞いたひかりちゃんと日の王子は、さっそくベールづくりを手伝うことにしました。どんなふうにして手伝ったかは、また明日お話しするね。
今日は、温泉に入って疲れたから、そろそろ寝ましょうね。
明日、起きたら、春が来てるといいねえ。おやすみなさい、あおいちゃん、なつきちゃん。