第五章 穂の姫と、日の王子
なつきちゃん、真っ赤なお顔で、ふうふう言ってて、かわいそうだね。毎日寒かったから、とうとうお熱が出ちゃったんだね。あおいちゃんも、こんこんお咳が出ているね。今日はお話をやめて、早く寝ましょうか。
続きを、聞きたいの?じゃあ、ほら、もっとおばちゃんにくっついて。足も、おばちゃんにくっつけていいよ。ひゃあ、冷たい。あおいちゃんの足、こんなに冷えてたんだね。あおいちゃんのアンヨ、あったかくなれ、あったかくなれ。なつきちゃんのアンヨも、あったかくなれ、あったかくなれ。
それじゃあ、お話の続きを始めましょう。
カエルの王子様はね、桜色の扉を開けて知恵の部屋に入ると、顔と頭をすっぽり隠していたカエルのフードを脱いで、大股で歩きまわりながら、
「何だって、キミは、学習ドリルなんてわけのわからないことを言い出したんだ」
って怒ったんだって。
カエルのフードを脱いだ王子さまは、金色の、絹のような柔らかい髪をしていて、透きとおるようなブルーの目をしていて、ひかりちゃんは、思わずうっとりしてしまったそうです。
王子様は、そんなことには気づかずに、歩き回りながら、
「ドリルなんて、捨てるほどいっぱいあるんだ!もうたくさんだ!」
と、本棚を指さして言いました。
なるほど、たしかに、広い広い部屋の中には、壁いっぱいに大きな本棚が並んでいて、そこには教科書やドリルが、びっしりと背表紙をそろえて並べられていました。他にも、百科事典とか、外国語の辞書とか、不思議な生き物の図鑑とか、魔法使いのためのお料理の本とか、大昔の人が書いた読めない本などもありました。古びて茶色に変色した地球儀や、黒光りする望遠鏡もありました。そこは、まるで、図書館みたいだったんだって。
ひかりちゃんは、ちょっと肩をすくめると、
「だって、王子様が、私とふたりきりで話をしたいかと思ったんですもの」
って言いました。
王子様は、真っ赤な顔になって、
「な、なんで僕が、キミとふたりきりで話さなきゃいけないんだ!」
とわめきました。
ひかりちゃんは、目を丸くして、
「だって、助けてって言ってたの、王子様でしょ?」
と言いました。
王子様は、ますます真っ赤な顔になって、
「な、な、なんで僕が、キミに助けてなんて・・・」
と言いかけて、はっとした顔をしたそうです。
そして、ツカツカと、ひかりちゃんの目の前まで歩いてくると、
「ちょっと待て。誰かが、キミに助けてって言ったのか?どんな声だった?どこで聞いた?なんで、それを僕だと思ったんだ?」
と、聞きました。
王子様は、シンデレラの絵本に出てくる王子様みたいに素敵だったけど、あんまり怒りんぼで、次から次に質問をしてくるの
で、ひかりちゃんはだんだん腹が立ってきて、
「知らない。忘れた」
ってそっぽを向きました。そして、
「もう、帰る」
と言うと、ツンツンしながら、知恵の部屋を出ていこうとしました。
「ちょ、ちょっと待った」
と、王子様が、あわてて追いかけてきました。
「ごめんごめん、怒ったのなら、あやまるよ。でも、大事なことなんだ、教えてくれないか」
と、言いました。
ひかりちゃんは、ぐるりとお部屋を見回すと、
「う~ん、それじゃあ、お茶を出してくださったら、話してあげてもいいですことよ」
と、お上品に言いました。
知恵の部屋には、ひかりちゃんたちが入ってきた桜色の扉とは別に、あと3つ扉があって、その扉のうちのひとつ、雪のように真っ白な扉の脇の銀のワゴンに、お茶のセットが用意されているのを発見したからです。
王子様は、「ちぇっ」と言うと(そうだね、きっとこれが王子様のクセなんだね)、きれいなエメラルド色の指をパチンと鳴らしました。
すると、白い扉が開いて、メイドさんが二人、静かに部屋に入ってきました。
「お茶のしたくを」
と、王子様がいばって言うと、メイドさんたちは、
「かしこまりました」
と、かわいらしく声を揃えてお返事しました。
メイドさんたちは、大きな銀のお皿をそれぞれに持つと、王子様とひかりちゃんのところに、しずしずとやってきました。そしてね、メイドさんたちがお皿のふたをとると、ふたつのお皿には、色とりどりのケーキが、あふれそうなくらいに並んでいたんだって。
どんなケーキが並んでいたかって?え~っとね、イチゴのショートケーキでしょ、チーズケーキでしょ、シフォンケーキでしょ、オレンジケーキにバナナケーキに紅茶のケーキでしょ、リンゴのタルトに洋梨のタルトにクルミのタルトでしょ、ロールケーキでしょ、モンブランでしょ、ブラウニーでしょ、あと、何があったかなあ。あおいちゃん、わかる?
そうそう、シュークリームに、ドーナッツに、チョコエクレア。あおいちゃん、エクレアなんて知ってるんだね。
アイス?そっか~、なつきちゃんは、お熱だから、アイスが食べたいんだね。じゃあ、クッキー&クリーム味のアイスケーキだって、ありました。
じゃあ、なつきちゃんは、アイスケーキね。あおいちゃんは、どれがいい?
う~んと、う~んと・・・イチゴのショートケーキとシュークリームね。了解了解。
なつきちゃんも、もうひとつ食べるの?いいよ。どれがいい?
え~っと、え~っと・・・じゃあ、お姉ちゃんとおんなじで、イチゴのショートケーキね。
メイドさんは、赤いバラと金のツタの模様で縁取られた、とっても高級そうなお皿に、イチゴのショートケーキを2個と、アイスケーキと、あと何だっけ?そうそう、シュークリームを乗せてくれました。ちゃんと、銀のスプーンとフォークも添えてくれました。
そして、お皿とお揃いの模様のティーカップに、蜂蜜ティーをたっぷりと注いでくれました。
蜂蜜ティーっていうのはね、あったかいミルクに、金色の蜂蜜をとかして、紅茶でほんの少し香りづけをした、タラターナ国で人気の飲み物なんだって。全然にがくなくて、とっても甘いから、あおいちゃんだって、なつきちゃんだって、きっと大好きだよ。
メイドさんたちがお茶のしたくをして、静かに知恵の部屋を出ていくと、ひかりちゃんは、椅子に腰かけて、膝の上にナプキンを広げました。ひかりちゃんは、お姫様なので、とてもお行儀がいいのです。
そして、銀のフォークを上手に使って、ケーキを食べました。とけちゃわないように、アイスケーキから、順番に食べました。
え?王子様は、どのケーキを食べたかって?え~っとね、ふわふわのシフォンケーキと、生クリームたっぷりのロールケーキを食べました。
ひかりちゃんは、ケーキを食べながら、頭の中の声の話をしました。王子様は、その話を、きれいな金色の眉をひそめながら聞きました。
そして、こんなふうに言いました。
「穂の姫に、何かあったに違いない」
穂の姫っていうのはね、王子様と双子の妹なんだって。
そうだね。なつきちゃんは、あおいちゃんの妹だよね。
それでね、穂の姫は、稲穂の穂だから、お米の神様の「使い」なんだって。王子様のほうは、日の王子っていう名前で、太陽の神様の「使い」なんだって。「使い」っていうのはね、神様とお話できる人のことだよ。
それでね、どうして日の王子が「助けてって言ってるのは、穂の姫に違いない」って思ったかっていうとね、穂の姫は、3日前に「ちょっと行ってくる」って言ってお城を出たまま、今日になっても帰ってこないからなんだって。それで、王様もお妃様も王子様も、心配で心配で、暗い顔をしていたんだそうです。だけど、タラターナ国の人たちにそんなことを言ったら、みんな心配しちゃうでしょ?だから、このことは、3人だけの秘密にしているんだって。
穂の姫は、どこに行ったかっていうとね・・・あらあら、なつきちゃん、さっきまで元気だったのに、どうしたの?お熱があるから、悲しくなっちゃったね。真っ赤な顔で、え~んえ~んって泣いて、かわいそうだね。よしよし。今日は、このへんでおしまいにしようね。
なつきちゃんのお熱が、早く下がりますように。あおいちゃんのお咳が、早くとまりますように。
ふたりとも、寒くない?もっとおばちゃんにくっついて。そうそう。おやすみなさい。